雅・処

好きな俳優・映画・演劇などエンタメ一般やスポーツについて自由に語ります。

スタジオライフ ’10『訪問者』観劇記

ベストキャスティング!

連鎖公演ということで10年ぶりの再演となった「訪問者」。まさに10年前、私は「訪問者」にちょっとした恐怖感を覚えました。あまりに切なく、辛く、悲しすぎる、救いがない物語。主役オスカーの健気さが痛ましく、突き刺さってくる痛みに根を上げてしまいました。ヘラ役はダブルキャスト佐野さんが演じました。石飛さんのヘラを見なかったことを未だに後悔しているのですが、当時そのチャンスを自ら放棄したのも事実。


公演もラストに近づき、「トーマの心臓」の当日券を求めて列に並んでいると、その直前に「訪問者」の公演があって、真っ赤に泣き腫らした目で出てくる沢山のお客さんを見て、見るべきか?と心が揺れ動いたことも覚えてます。しかし、それを拒否してしまうほどに「訪問者」は辛かった。その痛みに今回は耐えられるか?と自問しつつ、見に行きました。


放浪癖のあるダメな父親グスタフと、その息子である少年オスカーの心の旅路。自分が父親の本当の子供でないことを薄々気付きながらも、たった一人の愛する父親を慕って寄り添うオスカー。「悪い子」である自分が、父と一緒の時は「良い子」でいられると信じ、父親にとって本当に大事なのは、自分ではなく飼い犬のシュミットだと思ってる。


一緒にあてどない旅をして、いくつもの宿に泊まり、何度も置き去りにされるオスカーは、それでも文句一つ言わずに父親を待ち続けている。一方で愛する妻ヘラを自らの手で殺した、という大きな罪がグスタフに苦しみを与え続けてる。苦悩の果てに、なんとかオスカーの下に戻ってくるグスタフは、やがて追い詰められ、身体にも変調をきたしていく。

【「愛」が見えたファミリー】


家族がそれぞれ深く愛し合っているのに、一つの罪(オスカーの出生の秘密)が超えることのできない壁となって立ちはだかり、静かにジワジワと崩壊していく怖さ。無垢な魂で父親に愛を向けるオスカーと、愛しいのに息子を抱きしめることすらできない父親の苦悩。それがこれでもかこれでもかと身に迫ってきて逃げ場がないような不自由さを感じさせられます。やはり涙腺は早々にぶっ壊れ、オスカーが台詞を語る度に涙が込み上げてきて大変なことになっていました。


それでも前回(10年前)と比べると、雰囲気がソフトになって「救い」を感じられました。それは配役の力だと思います。ダメ父グスタフを高根さん、ヘラを吉田君が演じましたが、この二人にちゃんと深い「愛」が見えておりました。かつて甲斐さんが演じたグスタフは、もっと世界を拒絶するような激しい怒りを抱えていた感じでしたが、高根さんのグスタフは己が甲斐性なしで(笑)妻を苦しめていたことを知っており、全て自分自身の罪として背負ってるような印象でした。


吉田ヘラは、もう想像以上に素晴らしい女っぷりで(最高のハマリ役でした!見られて本望)、終始グスタフへ愛が向いているのが分かります。戻ってきてくれない夫を待ち続けることに疲れてしまった一人の悲しい女性をとてもリアルに演じていて、まさに女そのもの。いつの間に子供を産んだ?(笑)と聞きたくなってしまうほど母親役も違和感なく、ライフ内での不動の女優の地位を得た瞬間です。


そして、健気で愛さずにはいられない少年オスカーは、荒木君が抜群の感性で生き生きと演じてました。大ちゃんのオスカーは、いつもそこはかとない不安に耐えて苦しんでいる様子でしたが、荒木君にはいつか父親が自分を認めてくれるんじゃないか、という「希望」が見えました。それでいてちゃんと無邪気で”非力な子供”に見えてくるのだからなかなかのものです。


この3人の親子がベストマッチングしていて、ただただ辛いだけのお話になっていなかったのが、私的には大きかったです。さすがに10年前のこと、おぼろげに覚えてるシーンもありましたが、結構忘れていることもありました。原作では短篇ということもあって淡白に見えたところが、芝居ではずっと丁寧に膨らまされていると思います。


だからこそ見ててしんどいのですが、今回はもっとリピートしたくなりました。おかげさまで「訪問者」に対する苦手意識を克服できそうです。ああ、もう一度見たいな~。


believe

believe

ボーイス・エアー・クワイアのミニクリスマス曲集です。1曲目「まぶねのなかで」(AWAY IN A MANGER)が、芝居でよく流れていました。ソロはコナー・バロウズ