雅・処

好きな俳優・映画・演劇などエンタメ一般やスポーツについて自由に語ります。

最近のテレビのいただけないところ

最近、バラエティー番組を見ていて、どうも気になることが2つあります。1つは、街角レポーターにテレビ局のADやプロデューサーなど、「裏方」と呼ばれる人達が起用される機会が圧倒的に増えた、ということ。レポーター、アナウンサー、女優、芸人、ちょっと元気な無名(?)のタレントなども、もちろん活躍はしていますが大幅に減った気がします。


とりわけ、数名のタレントしか出ていない番組には、この傾向が強い気がします。レポートをすることにおいては、”素人”である人達を使ってイジることで笑いをとる、というのもあるのでしょうが、何より経費をケチってできるだけ低予算で・・・という意思が見え隠れしてなんだか切なくなってしまうことも多いです。


テレビが夢の箱だった時代は、はるか昔になりにけり、ということですね。でも、それ以上に見ていて嫌な気分になるのは、有名芸能人や”セレブ”と呼ばれる人の資産公開。豪邸拝見、といった企画なら前から馴染みではあったので、スゴイなあとは思うけど、「まあ他人は他人よね」と思うだけです。


一方で、私服やバッグ、靴や時計に莫大なお金をかけて、それを臆面もなくひけらかすタレントさんの見苦しさには、不快感を感じてしまいます。もちろん、稼いだお金を何に使うのかは自由ですけど、凡そ私には”全く価値が見いだせないもの”を数百万円もかけて購入し、どうだ、と言わんばかりに自慢の表情で話している姿は、たまらなく見苦しい。


例えば時計が死ぬほど好きでたまらない!というマニア心、とか、頑張ったご褒美(自分への成功報酬)に一大奮起で、といった理由なら分かるんですけど、あくまで他人と差をつけるための道具、ステータスのため、もしくは、ただの装身具の一つでしかない、と割り切っているのを見ると、せっかくお高くて価値のあるはずのモノが、なんだか安っぽくて下品なものに見えてきてしまうのです。


まあこんな感想はそもそも”貧乏人の僻み”かもしれませんし、「余計なお世話よ」と言われたら、それまでなんですけど、山のようにお金があっても、そんなモノにしかお金を使えないセレブがなんか哀れ・・・と、思ってしまいます。目を転じてみれば、世の中には貧困に苦しむ人達が大勢いるのに、後ろめたさなんかもないんでしょうね。


数年後に「あの人は今」とか「有名人の転落人生」なんて言われてても同情の余地はありませんね。中には、秘かにチャリティー活動などに励んでいる方もいるのでしょうし、あくまで表面的な薄っぺらい感想にしかすぎないのですが、やっぱり謙虚さって大事です。お金持ちでもひけらかさないことの美徳ってあったと思うんですよね。


お高い調度品に囲まれた豪邸に住んで、外車をいくつも持ってて、一つ一つが数十万、数百万(またはそれ以上)もするブランドを身に着けて・・・というセレブ生活より、多少ごちゃごちゃでも、庶民的な暮らしをしている人達のほうが、なぜかはるかに幸せに見えてしまうのが不思議です。