雅・処

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スタジオライフ 『アドルフに告ぐ』観劇記

この時代に見ると「怖い」作品

猛暑の中、劇団スタジオライフの再演『アドルフに告ぐ』(日本編YJチームの東京千秋楽)を見てきました。当初は、全く見るつもりがなかったのですが、またちょっと上京する機会があり、そのついでで観劇。


この芝居、初演の記憶が本当に抜け落ちていて、今回の再演で少しだけでも思い出せるかと思ったのですが、ものの見事に忘れておりました(汗)。覚えているのは、ほんの一瞬だけ(曽世さんの飛び歩きとか)、ここまで覚えてないのも珍しいというか、よほど体質的に受け付けなかったのかもしれませんね。


ドイツにアドルフ・ヒットラーが現れて、ナチ全盛期となりつつある時代、日本で日独ハーフとして生まれたアドルフ・カウフマンと日本で生活するユダヤ人アドルフ・カミルの数奇な運命*1を描く物語。巨匠手塚治虫の問題作でもあります。


全編を通して、戦時下の中での狂気、愛と裏切りと憎しみの連鎖に翻弄される人間を描いている重厚な作品。そして、次第にキナ臭くなりつつある現代日本で見ると、なんだか空恐ろしさを感じてしまう物語でした。


気弱で心優しいアドルフ・カウフマンが、ヒトラーユーゲントというナチ直属の少年団で教育を受けて、ユダヤ人迫害を当然と信じていく経緯も怖いものがありますが、私が印象的だったのは、母・由希江の身なりが綺麗なワンピースから、戦時中の日本女性の貧相なモンペ姿に変わっていく、その激動すぎる世相が地味に怖かったです。


今は21世紀で、これだけロボットやインターネットが発展している時代だからと言って、同じことが絶対起こらない、という保証はないと思うと、愕然とするものがあります。大衆ってこんなに騙されやすいものか、という絶望を感じずにはいられません。


そして、それこそネットすらない時代にあって、当時の諜報能力の高さというのも凄い。「ヒトラーの出自が書かれた秘密文書」を追いかけて、日本やドイツを懸命に探しまくる諜報部員達がどこまでも執念深く追いかけて、人々を追い詰めていく様はすさまじいものがあります。


私は、日本人が作ったお涙頂戴ものの戦争映画は、比較的避ける傾向がありますが、さすがは手塚治虫、冷徹な目を持ってあの時代を描いているなあ、と感心しました。感心しつつも、極限状態に置かれた人間の心の怖さを目の当たりにするのは、ゾッとするものがあります。

【若手の成長ぶりに驚き】


主役アドルフ・カウフマンで、久しぶりに「ガッツリな山本芳樹の演技」を見られたので、そこは嬉しかったですね。裏切り、苦悩、慟哭を演じさせたら、劇団随一。そして、どんなに愛を感じた人間でも憎しみの元に、一瞬で裏切るような冷酷さ、を演じさせてもピカ一(笑)。よっちゃん節が炸裂!


対する、「根はイイ奴なんだけど、いつも悲惨な役回り」を演じたら、これまたお似合いの奥田努君。ユダヤ人なのに、どう見ても”生粋の日本人”にしか見えないのはご愛嬌(笑)ですが、その演技とにじみ出る良い人ぶりには、説得力あるんですよね。


由希江役は、ヒロイン街道まっしぐらで伸び盛りを見せつけたのは、宇佐見輝君。一作ごとに着実に成長していって、いまや不動の女役を見せてくれます。嬉しい限り。


峠草平役の曽世さん。確かに初演でも”語り部”として、喋り倒していた記憶がうっすらありましたが、こんなに出ずっぱりだったんだ、と驚きましたね。器用さ、達者さは相変わらずで、もう巧いとしか言いようがいない。


帝国軍人・本多大佐は、牧島君の熱演が生きていました。朴訥だけれど、大義を重んじる性質を持った人物。まるで過去から甦ったかのように、舞台の上で生きて、充分に存在感を出しておりました。楽での挨拶も、いつものように声を詰まらせて感動のままに「素晴らしい作品」との出会いを真摯に感謝する、素敵です。


Jr.11以下の若手達は、それぞれが少しずつですが、確実に以前より進歩しているのが感じられて目を見張りました。本当に短いシーンでしたが、鈴木翔音君が抑えた良い演技をしていたのにビックリ。ちょっと前まで苦手だったんですよね、やや熱意が空回りしているような彼の演技が。それだけに嬉しい収穫でした。


アドルフに告ぐ」の後は、「ファントム」二部作が待っています。別な意味で重厚作品が続くのですが、来年の演目がどうなるか、また気になるところです。


新装版 アドルフに告ぐ (1) (文春文庫)

新装版 アドルフに告ぐ (1) (文春文庫)

*1:2人の少年時代の友情と、その後に続く悲劇的な運命