雅・処

好きな俳優・映画・演劇などエンタメ一般やスポーツについて自由に語ります。

ト或る役者のつぶやきに思うこと

新年あけましておめでとうございます!今年も、不定期、気まぐれに書きまくっていきますが、どうぞよろしくお願いします。

役者とファンサービス

劇団を離れ、ソロ活動をしている「ト或る役者」さんの動向をずっと追い続けております。とはいっても、簡単に見に行ける距離ではないので、もう彼方のほうから、声なき「頑張れ」を心の奥でささやいてる感じなのですけど。


もともと彼自身、かなりプライド高い人でありながら、気にしいな性格もあるようなので、一ファンがどうのこうの、言っても受け付けないだろうな、という諦めがあります。結局、あまり余計な口出しをせずに、たまにブログであれこれ書いている程度で。それすら、ご本人の目に留まってそうなのがまた・・・気が重かったりもして。


でも最近のブログのコメント、「ちょっとそれはどうなのよ!」と思ってしまいましたわ。私が気になったのは下記の部分。

人を感動させたところでなんになる?
楽しませたところでなんになる?
媚を売らなきゃ飽きられる
いいモノを創り続ければ……なんて綺麗事?


そもそも人を感動させる、というのはそんな簡単なことじゃない。演じ手がこう感じて欲しい、と思っても受け手の側にシンクロする部分がなければ、それは伝わらないし、努力だけではなんとも・・・。環境や舞台装置という外部要素もありますし、役者達の掛け合いや脚本の完成度など、それぞれがさざ波のように影響しあって起こるのが普通だから、誰も予測できないものでしょう。


そういう感動をいつでも提示できる、という自信があれば、何も文句はないですけど、現実にはそうそう起こらないし、それに少しでも近づけようと思えば、多額のお金だってかかるでしょうし。奇跡のような瞬間がなかなか起こらないならどうするか、と言ったら、多少なりともファンサービスなども必要ではないかいな、と思うのが私の考え。


役者としてセンスも才能もあって、それは自他共に認められるけれど、結果的に不遇な役者(アーティストと言い換えてもいい)は、それこそ山のようにいるでしょう。特に東京なんて、”自称アーティストの巣窟”といってもいいほどに。彼のつぶやきを読んでると、大衆に「ホンモノの役者」として芸(演技)だけを認められれば良い、と思ってるフシがある。


劇団時代は、営業とかファンサービスといったイベントも盛り沢山あって、それはやっぱり「仕事」としてどこか煩わしい部分もあったんだろうな、と思いつつ、ファンとしては率直に嬉しかったのも事実。でも、「媚を売らなきゃ飽きられる?」って、そんなの当然じゃない!!何トボけたこと言ってんの、とあえて言わせてもらいたい。


星の数ほど素敵な役者なんているし、どんどん若い綺麗な少年、青年がデビューしている。その中で人気に胡坐(あぐら)をかいていられるのは、ほんの一部、芸能界で成功している人達だけ。それだって、いつまで続くか分からず、人気者でも将来に不安を抱えているいるわけでしょう。更に、胡坐をかいているように見えて、実は裏では、関係者や古くからのファンにいろんな形でサービスしている人なんていっぱいいるのですよ。


同じくらいの才能や演技者としての技量だったら、どちらが多くファンを獲得できるかなんて、媚のひとつふたつ多いほうに決まってるじゃありませんか。実際に、私だって、マメにファンサービスをやって下さる方に、コロッと堕ちてるわけですし、同じ日に公演が重なったら、悪いけどちょっとでも愛(ファンサービス)を貰える方を、優先的に選びますって。


私が一番、辟易しているのは、身内だけでチケットを回している小劇団役者達の負の連鎖。ツイッターやブログの中でお互いを褒めまくって、自己完結している。そういう馴れ合いは、それこそ人目につかない裏でやってくれよ、と思ってしまいます。「そんな狭い世界で、お互いの傷口舐めあってるから、アナタ達、いつまでも駄目なのよ。」と思ってしまう。いったい彼らはどこを向いて芝居してるんだろう?


身内だけで盛り上がりたいのなら、それで結構。役者の輪で仕事をもらうという実利もありますしね。でも、1枚でもチケットを売って、1人でも多くのファンを獲得したいなら、媚だろうと笑顔だろうと、己の持ってる武器は必死に振りまくべきじゃん、と思うのです。何故なら大多数の役者が、自尊心を捨ててまで頑張ってる現実を聞いてるから。綺麗ごとじゃない、みんな生き残りに必死だって。自分の実力だけで、いつまでも喜んで来てくれる、なんて幻想は捨てたほうがいい。


本音レベルで言うなら、ファンって残酷です、今も昔も。好き嫌いも損得もすべて加味した上で、どれが自分にとって必要かをシビアに選んでいるわけです。沢山の選択肢があって、沢山の魅力的なコンテンツがあって、事務所が戦略的に売り出しているタレントも大勢いて、更に日常の誘惑(笑)もあって、常に手の届くところになければ、浮気な人々はどこに流れていくのか、誰も止められません。


こっちだって日々の生活に疲れているんだもの、より癒しや快適さを求めるのは当たり前のこと。今の時代は、ブログやツイッター、ネットがらみの無料宣伝ツールは沢山あるけれど、どのタレントも大抵やってるから余計に差別化は難しい。知名度や人気によってもかなり影響力が違うので、まあ、紙媒体よりは幾分早いかな、くらいと割り切ってないとね。


露出が少なければ、ファンが離れていくのは仕方がない。でも、1人でも多く引き止めたいなら、それなりに「営業」もしなくちゃ無理だと思うんですよね。「営業」っていうのは、ありとあらゆるサービスです。余分な出費をカットして演技に集中したい、というジレンマもあるとは思いますが、別にお金だけかければいいわけじゃない。終演後、「また来て下さいね」と一人ひとり握手するだけでも効果は全然違いますって。


結局、最後の最後は人間同士、魂の触れ合いなんだよな~と、コミュニケーション不得手の私ですら感じてしまう。「と或る役者さん、アナタに足りないのはそこなんだと思います。」って誰か伝えてあげて下さい(笑)。まあ、言って分かる人かどうかはこれまた・・・汗。でも、もったいないですよ、役者としてのアナタの実力&才能。自分で腐らせてる感じだもの


久しぶりに吼えてしまいましたが、「実際にもっとサービスしてくれ」ってことを言いたいわけではないんですよね。意識の問題。ファンを大事にしているかどうか、って言葉にしなくても伝わってくるんですもの。そして、それこそが役者としての素晴らしい演技よりも、ファンにとっては、”最後の砦”だったりするってことを言いたかったのです。


役者道、20周年の今年。引きこもって生活を安定させるか、大きな打ち上げ花火を上げるか分かりません。頑張って、と今声をかけるのは酷に思えている(すでに散々なこと言い散らかしてますけど)ので、また静かに見守ってます。内心メラメラしながら、かもしれませんけど。そして、最後に一言。


 安心して下さい、どうやらまだまだ貴方のファンです。

ってありがた迷惑だったりして?!



yoosque.blog.fc2.com



■2016.1.8追記:当初「媚を売る」云々の表現に、カチンときて長文で思いを吐き出してしまったけれど、その後落ち着いて考えてみたら、なんだか痛ましさもヒシヒシ感じたりしています。不運にも「マイナー役者」として生活苦にあえいでおられ、弱気な発言や慟哭もあるので、そこは身につまされる部分もあります。なんだか傷口に塩を塗る行為だったかな、と反省も。

役者としては器用な人だけど、人としてはちょっと不器用な人で、心の奥の深いところまで正直に誠実に伝えるのが苦手なんでしょうね。あ、またこういう”決め付け”が嫌いな方だったわ・・・難しいなあ(苦笑)。誰しも悩み苦しみはあるし、好きなことを諦めて生活のために生きている人もいっぱいいるから、本当に駄目だ、と思ったら少し小休止してみてもいいのではないかと思いますね。

でも数は決して多いとはいえなくても、心配して案じているファンがいるってことは、多少なりとも喜んで欲しいです。そんなの当たり前、ってわけじゃないんだぞー!!