雅・処

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堺雅人渾身の一作『その夜の侍』 好きにはなれない、モヤモヤ感

今月5日に地元の小さな映画館でやっと見られた『その夜の侍』。昨年後半からの怒涛の堺雅人シーズン中、一番興味のあった映画でした。企画モノとして盛り上がっていた『大奥』シリーズ真っ最中でしたが、大都市圏では11月中旬に公開され、なかなか公開の決まらなかった地元では、もう劇場で見るのは無理なのか・・・とヤキモキしながら待ちわびました。意外に男性客が多い館内はちょっと不思議な感じでした。


とはいっても、見る前に主演俳優である堺さん&山田孝之君のインタビューを事前にかなり目にしていたので、”待ち焦がれるような作品”ではないことは薄々存じておりました。まさか演じてる当人達があまりにネガティブキャンペーンはできるはずもなく、「是非楽しんで下さい、と勧められるのかどうか・・・僕は好きですけど。」(by堺さん)みたいなキレの悪いコメントをしていたのが、いじらしかったりして。

【救いようのない話を淡々と】


ストーリーは、妻を虫けらのように轢き殺された肉体労働者の中村(堺)が、犯人である木島(山田)へ復讐を実行するという手紙を送り、その2人の出会いまでのカウントダウンの日々を描く、というシンプルなものです。暴力的で理解不能な男・木島に何故か引き寄せられる人間達や、失意の中で正常なのか異常なのか分からなくなっていく中村、の姿を淡々と描いています。


木島は確かに暴力的な男ですが、「鬼畜」のごとく殺生を繰り返して血まみれ地獄・・・という最悪のパターンでなかったのがせめてもの救いでした。そして、中村という男も”被害者の夫”として本来ならばもっと同情したくなる人のハズなのに、あまりにむさ苦しく、泥臭く、感情を言葉でちゃんと伝えることのない姿に、ちょっと感情が乱される感じです。


中村と木島、2人とも何かしらの怒り(それは時に他人だけではなく自分にも向けられたりして)を抱え、もがきながらも出られない袋小路の中にいるような感じです。雨の夜にやっと対峙した瞬間、木島は中村からの脅迫に怯えながら、その恐怖を暴力に転化していたことが分かりましたし、中村は”復讐の遂行”という目的にすがって生きていたことを実感しました。


(映画のハイライトでもある)泥まみれで格闘し、別れていく中で、彼らはそれまでの日常を捨てて新しい第一歩を踏み出していきます*1。決して美しい姿ではなくて、相変わらず無様で、救いようのない毎日なのかもしれないのに、不思議な解放感と心地良い虚脱感に支配されているような表情が印象的でした。「ああ、2人は本当はお互いを求めていたのかもしれない・・・。」と、まるで宿命の恋人同士のように見えてしまったほど。


何故か2人の周囲に引き寄せられる人物達も、物好きとしか思えないような摩訶不思議な感じです。「人間の持つ防衛本能とかどこにいっちゃったの?」と訝しく思ってしまうのですが、だからこそかなりのインパクトを残します。木島の仕事仲間であり、子分チックな若者を綾野剛君が演じたのですが、今更ながら「なんて良い演技をする役者なんだ!!」とビックリしちゃいましたし、美少女子役時代から好きだった谷村美月ちゃんも登場シーンは少ないながら、ものすごく存在感を感じました。


この作品がもともとは赤堀監督自身が中村を舞台で演じた、と知っていたので、確かに戯曲的な味わいがある作品だな、とも思いましたね。監督としてのデビュー作でもあるわけで、まさに実験作というか観客に親切でない、お綺麗にまとめる気なんてサラサラない、ある意味、不器用なまま突っ走ったような荒削りの魅力というか。


今回、映画化されて、ナマナマしさや逃げ場のない息苦しさがやたらとリアルに感じられて、なんか堺さん演ずる中村から、油と汗にまみれた体臭とか、生ごみや埃の臭いまで漂ってきそうでした。良くも悪くも説明の少ない映画で、主人公達の生い立ちや何を考えて、日々を過ごしているかが全く分かりません。分かりやすさを狙った映画ではもともとないのでしょう。

【こんな堺さんは見たことない、の言葉通り】


堺さんの演じる中村は、パワーの強い木島に比べて、奥ゆかしくやや不気味にじわっと現れる(笑)のですが、とにかく一つ一つのシーンが強烈です。冒頭の不審すぎる尾行だとか、ぐちゃぐちゃの部屋でブラジャーに顔をうずめていたり、公園でのキャッチボールのシーンとか。台詞も最小限度。中でも、パンツ一丁でのラブホテルのシーンは強烈でした。


プヨプヨのお腹(!)とか、あられもない裸体を見せてくれている(もちろん役作りで)堺さんなんですけど、あまりに”中年のオッサン”の悲哀が全身から漂いまくっていて、なにか見てはいけないものを見てしまった・・・な感じ。キモさギリギリのところをウロウロしながらも、ソファに寄るべなくちょこんと座っていて(もう、悲しいくらいちょこんと)。なのに今までの堺さんの作品の中で、一番ドキリとしてしまいました。


映画の中で、死を覚悟した中村が景気づけに(あるいは今生の思い出として)女性と夜を過ごそうとしているのかな、と解釈したのですが、悲壮感を超えた男の愚かしさや情けなさが浮かび上がってきて痛々しい。おしゃれなとこ全く無し、の悲しいくらい凡人のサガというか。「キスしていい?」のくだりなんてもうどうしようか、ってくらい自然でゾクゾクしちゃいました。


ホテトル嬢と並んで座って、いかにもヤバい空気感のはずなのに、それでいてオス♂ぽさがないのは、相変わらず”恐るべき堺雅人”を実感。ビキニ姿のホテトル嬢・安藤サクラさんの、やたら淡々とした言動と、対照的なウエストのくびれ具合に目が釘付けで、ワケのわからない組み合わせで何が展開するのか予想もつかないところが面白かったですね。



いやあ、なんともヘンテコなシーンでしたが、間違いなくここ数年の堺さんの出演作品で一番強烈だったシーンです。それにしても、ちょっと”一級俳優”らしい風格を漂わせてきた中で、こういう作品に出演する堺さんは、相変わらずの「役者バカ」だなあ、と思って嬉しくなってしまいます。まあ、作品が作品なだけに、何度も見返して楽しむようなものではないのがビミョーですけども・・・。

【赤堀監督の本音トーク】


『その夜の侍』についての堺さんや山田君のインタビューはどれも面白かったです。考え抜いて、役に真摯にぶつかってるのに、赤堀監督からことごとく演技を否定されて、ダメ出しの嵐。いろんな意味で辛かった撮影について、本音ビシバシでやたら面白かったのですが、役者に難しい注文を出していた赤堀監督の真意が分かる単独インタビューが、出色の出来で興奮しました。

(2012/11/16 エキサイトレビューより引用)

赤堀: いや、そうじゃない、そうじゃない、って言い続けましたよ(笑)。それは堺さんに限ったことではなく、僕がダメ出しする部分っていうのは、役者さんの元々もっている生理的な部分から出るものではないものに対してです。ちゃんと自分が内包してない感情を、いわゆる表層的な演技で見せることをよしとしない


例えば堺雅人さんだったら、あらゆるテクニックはもっているでしょうし、なんかすごく語弊のある言い方ですけれど、どのようにやっても、たいてい一般のお客さんは巧いって評価するでしょう。でも、僕は物語の登場人物そのものになってもらいたいわけで、堺雅人さんの外連味だとか芝居の巧さとかをお客さんに伝えたいわけじゃない。あくまで、中村健一になってるか、なってないかだけの判断なんです。


それは、やってる役者さん自身も実感していることだと思うんですよね。あ、今嘘ついちゃったとか、あ、今、ちょっとうまい感じでごまかしちゃったな、とか。それは自分も役者だから、すごくわかるんです。そういうところを見て「ダウト」ってことを言ってるだけなんですけどね。もちろん作品によって嘘のつき方は違うでしょうし、嘘をついちゃいけないってこともないのでしょうけれど。特にこの映画のような市井の人を扱った作品に関しては、そういう嘘のつき方はしないほうがいいという判断があるんです。


監督自身が自分の代表作だからこそ「拘り」があったのはもちろんでしょう。しかしそれ以上に、”大体のことはこなせる”演技派と呼ばれる俳優達に向き合ったからこその、芝居の技巧(ウソ)を見透かして、徹底的にそれを排除しようとしていたことが分かります。私自身も、普通に巧いだけではあきたらず、ついつい堺さんの外連味(ケレンみ)を追い求めるクセがあったので、監督の言葉が突き刺さりました。


実際に、言葉で明確に演出意図を明かさない監督の過酷な演出に、もはやどこまでが演技か分からなくなるくらい追いつめられた、堺さんと山田君がいて。そういう論理が通用しない世界で、もがきあがいた役者達の演技を見られたのがビックプレゼントでした。今回は、映画の舞台裏を想像して悦に入るという根暗な楽しみ(笑)がありましたが、映画自体はホントに好き、なんて軽く言えるものではないですね。


幸か不幸か妙に脳裏に焼き付いてしまっていて、いかに真剣に見入ってしまったのか自覚があるものの、ストーリーや役柄に心酔できるようなタイプの映画ではないので、DVDを購入するかどうかかなり迷います。どちらかというと、全編を通して気持ち悪さ全開の堺雅人ですしねえ(苦笑)。めったに見られないものを見せてもらえた、というカタルシスはあるものの・・・ファンとしては、正直、迷います。


しんどかったけど、やりがいがあったんだろうなあ、堺さん。インタビューを受けてる表情もいつも以上に弾けて、やりきった感がありましたもの。

◆参考インタビュー:
堺雅人を虚無のどん底に突き落とす「その夜の侍」赤堀雅秋監督に聞く1(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース

クライマックスの解釈を巡って堺雅人とバトル!?「その夜の侍」赤堀雅秋監督に聞く2(エキサイトレビュー) - エキサイトニュース

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映画『その夜の侍』堺雅人&山田孝之 単独インタビュー - シネマトゥデイ

「その夜の侍」堺雅人&山田孝之インタビュー | WOWOWオンライン

◆海外映画祭招待&受賞歴

・2012 モントリオール国際映画祭コンペ部門

・2012 ロンドン映画祭

・2012 「新藤兼人賞」金賞

・2013 第55回ブルーリボン賞主演男優賞・作品賞(ノミネート)

*1:監督曰く、そう簡単に混迷した感情を捨て去れるわけではない、ので解決ではないらしい。