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雅・処

好きな俳優・映画・演劇などエンタメ一般やスポーツについて自由に語ります。

私が宝塚にハマるまで(1) 思い出を紐解くと

私が始めて「タカラヅカ」というものを知ったのは小学生の頃だと思います。自宅に飾ってあった鳳蘭様(→なぜか様付け)のパネルから始まりました。最近聞いたところによると母は特別大ファンではなかったらしいのですが、何故か飾ってあったのです。


 「お母さん、この人誰?」(写真を凝視しつつ)


と聞いた覚えがあります。目が離せないほどに写真の中の鳳蘭様のインパクトは強烈でした。毒々しいのか神々しいのか、その両方でもあるような・・・。その写真以来、この世には”宝塚”という”あなた(私)の知らない世界”があるということをおぼろげに認識したのです。


次に宝塚というキーワードが出てくるのは小学校を卒業する頃。隣の組の一番背が高い女の子が「宝塚を受験するんだって〜っ!」と女の子仲間の中で噂が広がってました。


・・・ちょっと待て!今なら分かる、その矛盾。


宝塚受験は小学校卒業では無理なのですよ。*1
しかし、どんな世界かちっとも分からない田舎の子供達は、すっかり真に受けて騒いでいたのでした。その噂の的だった彼女が、その後どうなったのかは定かではありません。


テレビで宝塚を見た記憶は、たったの1回。平成ベルばら雪組のアンドレ&オスカル編だったと思います。ちょっと興味を持ってテレビをつけたときに、目に飛び込んできたのは橋の上のアンドレが撃たれるシーンだったと思います。


 一路オスカル:「ア、アンドレ〜!!」(絶叫)


しかし、その時はアップになった杜けあきさんと一路真輝さんのドアップがあまりに恐くて、「プチッ(電源OFF)」。 あららら。。。


ちょうどこれと前後して、母は熱烈な宝塚ファンの友人に無理やり連れられ、「ベルばら」の地方公演へ行ったようです。「どの人が出てたのー?」と宝塚ファンになった10年後に聞いたら、全く記憶に無いらしく、机の片隅から取り出したるは、


 大浦みずき様”フェルゼン”2L写真


ヒョエー、こんな優れものを見ていたとは・・・。何故私を連れていかない、母よー(涙)。

*1:中学卒〜高校卒業までが対象