雅・処

好きな俳優・映画・演劇などエンタメ一般やスポーツについて自由に語ります。

ぬいぐるみ事件簿

あるところに”推定”女の子がおりました。日本刀や横笛に憧れ、ワクワクしながらTVの特撮モノのメンコを集め、探偵ごっこに明け暮れる日々。


徹底して女の子らしいものには何一つ目を向けず、かといって動植物にも興味がない(虫なんてもってのほか!)。リカちゃん人形よりも、超合金ロボットのヒンヤリとしたクールなボディにゾクゾクしていました。


忘れもしないそれは、その子が6歳になる誕生日間際のこと。母親の知り合いらしきおばさまから”1メートル大のスヌーピーのぬいぐるみ”が手渡されました。そのおばさまは、顔一面に微笑を浮かべ、次に来るであろうリアクションを期待いっぱいに待ちます。しかし、その瞬間、子供は思ってしまいました。


 一体、これをどうしろっちゅーねん!!


もちろん子供は、そのおばさまの儚い願いが何なのか、完全に理解しています。きっと「おばちゃん、ありがとう!!」と元気にお礼を言って、次の瞬間、スヌーピーをギュッと抱きしめてグルグル廻し、話しかけたりして狂喜乱舞することを。ましてやコレってきっと、それなりに高価な贈り物のはずだもの。。。しばらく、沈黙が続く中で、今だ!この機を逃してはいけない!・・・あ〜あ。そして脱力。


 ダメだ、そんなキャラを演じる器用さは、持ち合わせていない・・・


自分への軽い絶望と淡い期待を裏切った後味の悪さから、最後まで無表情に徹する子供。実のところ、心は混乱状態。おばさまは、内心の落胆の色を隠しながら、それでも「何にも気にしていないわよ」という素振りで場をごまかしていきました。そして「あの子は、何をあげても喜ばない」*1という噂(ヒドイ)がどこからともなく周りめぐってきたのはその後のこと。


そう、何を隠そう、この”不器用な子供”こそがこのワタクシめです。世の中には、きっと1%ぐらいは、世の大人達の常識に合致しない場合がある、ということの事例でもありますが、それ以上に”可愛がるべき”*2ものを可愛がれなかった、という現実的なショックもあって脳裏に焼きついております。今も愛されなかったスヌーピーは、ちょっぴり寂しそうに部屋の片隅に居ります。


「お気に入りのぬいぐるみがないと眠れない子供だったの。」なんて友人の言葉を聞くと「いやー、カワイイ!」と本心から思ってしまうのですが、同じことをしている自分は想像がつかないのです。。まあ、当時から本当に欲しいものでなければ盛り上がれないし、貰うよりは自力で獲得する(買う)ことのほうに燃えるタチだったのかも。


現在の方が貰い上手?になりましたね、きっと。いや、もちろん演技じゃないですけどもね。ぬいぐるみだって、気まぐれ程度には興味も持ちます(笑)。


また、これにちょっと無理やりつなげるような話を一つ書こうかな。


スヌーピー THEビーグル クローバーS

スヌーピー THEビーグル クローバーS


今なら、可愛がるより癒し効果を求めちゃうかな。

*1:残念ながら、あげる品物が悪かっただけ、だと思いますが。

*2:大きなぬいぐるみに馬乗りになって遊ぶのは好きだったのですが、「愛でること」は思いつかなかったよう。