雅・処

好きな俳優・映画・演劇などエンタメ一般やスポーツについて自由に語ります。

スタジオライフ ’20 「死の泉」観劇記

コロナウィルス蔓延期に見た至高の芝居

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観劇してから、書こう書こうと思い続けて早2週間。東京公演に引き続き、危ぶまれた大阪公演も無事終演したそうでめでたい限りです。今回は、役者もスタッフも大変だったと思いますが、観客の自分もめちゃくちゃ大変でした。


2/29-3/1にかけて上京したのですが、世界中を騒がせている新型コロナウィルスという、この「見えない強敵」との闘いに疲労困憊。新幹線で東京駅へ降り立ち、新宿のメインストリートへ出て、紀伊國屋ホールで芝居を見る。何も無い平和な時であれば、なんてことないことがこんなにも大変か、と。


それでなくても「不要不急の外出するな」「人混みの中出歩くな」なんてニュースでも日常生活の中でも大合唱。自分も感染しないようにものすごく神経質になっているところをまるで正反対の行動をしなければならない辛さ。


気晴らしにどこか歩こうとしても、劇場以外行きたいところもなくなって時間つぶしですら難儀してしまう状態で。政府から自粛呼びかけがあり、劇が開幕した初日の夜にようやくチケット払い戻し可能の報が流れていましたが、告知が1日早かったら払い戻ししてしまったかも。


どうしても見たいお芝居だったけれど、本当に命の危険(コロナに感染したら持病あるので重篤になりかねない、家族も含め)を感じて仕方がなかったので、かつて観劇でこんなに悩んだことはない、というくらい悩みました。


反面、興味深いこともありましたね。あの日の東京駅。東北新幹線ホームや改札の見たことのない人の少なさや、ホテル取り放題の状況は長年東京通いしていても初めての体験で、オリンピックイヤーの今年、こんな経験するとは思いませんでした。


客席もマスクだらけ、手洗いや消毒薬を念入りにつける観客達、物販で全員マスク姿の俳優達がグッズを売る様も、初めて。劇と同じくらい印象的で忘れられない光景でした。

やっぱり「死の泉」だ!

2001年再演と2008年再々演に続いて、なんと12年ぶり(私には)3度目の公演になった「死の泉」。過去の上演は、DVD未発売だったので、大まかなポイントは覚えていますが、やっぱりいろいろと忘れていたところもありました。


第二次世界大戦下のドイツが舞台。純血のアーリア人を製造する、私生児のための産院レーベンス・ボルン。そこで看護婦として働き始める妊婦マルガレーテに求婚する、ボーイソプラノ偏愛のクラウス。狂気の愛と思想、偽りの家族の中に芽生える真実の愛、本能と理性のせめぎ合い。醜い歪んだ世界観の中にある一筋の真実。


死の泉の魅力は一言ではとても言い表せない。絵空事や寓話の中のような出来事が事実である怖さ、何よりも人間の本性の怖さをひた隠してジワジワと露わにしていくのがすごい。やるせなさと美しさと耽美さもちゃんとてんこ盛りで。この独特の背徳と耽美のミックスは、日本人作家の作品であるがゆえかも、という気もします。


それでも始まってしまったら、ものすごい勢いで話に引き込まれました。第一幕・暗黒のナチス~レーベンス・ボルン編は、だいぶ配役が変わってしまったとはいえ、スタジオライフの屋台骨、笠原クラウスと、松本関戸の女優コンビが「ヒロイン」マルガレーテを圧倒的な存在感で演じてくれている、それだけで見応え充分。


クラウス役はどうしても、甲斐さん(2001)の不気味かつ威厳に満ちた姿が圧巻だったので、笠原さんは素敵すぎましたけど(笑)。マルガレーテは、岩崎大(2001)、三上俊(2008 退団)とそれぞれに魅力的でしたが、今回のマツシンのマルガレーテが私的には最高でした。


セッキーのマルガレーテが「母性」を感じさせて情感たっぷりなのなのと対照的に、マツシンのマルガレーテは圧倒的に「女」の妖艶さと気高さ・凛々しさ・生きるための計算高さなどが漂っていて、演技的には安定のマツシン節なんですが、より輝いて見えました。


マツシンは、ダブルキャストで少年フランツ(この役は、歴代演技巧者が演じることが多かった陰の主役級)も演じていて、「さすがだな」と唸る出来栄えではありました。もう一人の少年フランツは、最近役づきの良い、澤井君。


実は、見る前は若干心配だった澤井フランツ。しかし、いかにも粗削りの不器用そうな「少年ぽさ」朴訥として時に「痛々しいほどの健気さ」を感じさせる姿に、不思議な魅力を感じました。クリクリの大きな瞳と透きとおるような金髪も目を引きます。


少年エーリヒは、全てが可愛らしい伊藤君。この小動物のような可愛らしさは犯罪(?)です。良く通る声でマルガレーテにもクラウスにも愛嬌をふりまき、哀願したり甘えたり、もちろん誰からも寵愛される、という役柄はもうお手のものよレベル。


石飛モニカは、見事なくらい図々しさやいやらしさ全開ですし、山本ブリギッテは小賢しく生命力の高さを見せつけますし、個性派女優陣(笑)は健在。まさに第一幕は、「ザ・スタジオライフ」という感じでしたね。


これまで「死の泉」の第二次世界大戦下での第一幕って、本当に暗くて重苦しくてやるせない長い時間、そんな印象だったのですが、役者達が当たり役ばかりで見ごたえあったせいか、そこまでおどろおどろしくなくてとてもテンポが良く、スっと引き込まれました。


その理由の一つに、マツシン演じるマルガレーテがあまりにツボに入るほど気に入ってしまい、赤い派手なドレスを着て、石飛モニカに「ちょっと、奥さ~ん!アンタ、皆から恨まれてるわよ~」と呼ばれている姿を見てるだけでも楽しかったから、かもしれません。


第二幕は、外部の若手俳優達が沢山出ていて、プロデュース公演を見ている気分でした。映像もやってる人が多いせいか、皆さんさすがに「華」がある。外人メイクがやたらと似合って綺麗な子が多くて、2.5次元チックなお耽美感もありましたね。松村ゲルトとか本当のおキレイで。


青年フランツ役を演じた、馬場良馬君だけは、「タクミくんシリーズ ~Pure」というBL映画で強烈に印象に残った役者さんだったので、ナマでの再会は嬉しかったです。当時、軽くファンになってたのですが、もう10年も前と知って唖然です。月日の流れの速さって怖い。。。


馬場君、声もよく通るしスタイルも良く身のこなしも軽やか。屈折したフランツを颯爽と演じてて、一陣の風のように気持ち良い青年ぶりでした。見る前は、「馬場君は、ライフの舞台に合うだろうか?」と少し心配もあったのですが、全く違和感なかったです。


ああ、そうだった。ただ一つ、「マルガレーテ、あなたには(本者のミヒャエルが)分かるんですね。」この台詞はめちゃくちゃ重要なのよ、馬場君!これが弱かったなあ。それにマルガレーテとのキスシーンが無くなっていたような・・・確かあったはずですが。まあ、いろいろと事情があるのかな、事務所的に(笑)。


青年エーリヒは、ご贔屓の宇佐見君と元スタジオライフの松村君のダブル。どちらも及第点ですが、エーリヒは及川健君(2001)のイメージが強すぎて、誰がやっても超えるのは難しいかな。健君、それこそ両性具有のイメージだったので。


曽世さんのギュンターは、2001年以来の出戻りですが、サスガの完成度。どんな役をやっても芝居巧者なので安定感もあるし、ライフの芝居には欠かせない人です。マルガレーテや息子ミヒャエルへの包容力と、”裏切者”の汚名を背負った情けない男の2面性を演じ分けて見応えたっぷり。


宮崎ヘルムートも怪しく妙に色気のある、カッコいいお兄さんでしたが、やっぱり高根さん(2001 退団)の面影を探してしまうのです。巧さだけではない、独特の魅力の違いでしょうね。


「死の泉」は、私の中で2001年再演が殿堂入りしているだけに、要所要所ではその時の感慨に引き戻されてしまいます。あのおどろおどろしい空間、時間を超越する圧倒的な劇世界など、あの時の芝居がなかったら、今までライファーとして生きていないかもしれません。


当時、ネオンまばゆい歌舞伎町、新宿コマに隣接した今は亡き地下の劇場、シアターアプル。そこから1歩表に出た時の夜空と体の芯まで冷えるような冷気、ここはドイツか日本か、分からなくなるような衝撃に重い体をふらつかせながら歩いた夜。


コロナ禍の中で緊張しながら、紀伊國屋ホールを出て新宿の街を歩いたのも、その時にちょっとだけ似てるかもしれませんが、はるかに心は軽かったです。同じ芝居なのに、今回は楽しくて満足で、とにかく見られたことが幸せ、となんだか安堵感とか別の喜びがありました。


外部からの出演者は随分増えて、劇団オンリーの芝居世界とは全然違っていましたが、それでもスタジオライフの「死の泉」だ、とちゃんと心に刻める内容であったのも嬉しかった要因ですね。当たり前のことですがやっぱり名作は、いつ見ても名作。


また再び会える日まで、アウフビーダーゼーン!


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